始まり

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大家が呼んだ医者のお陰でミイは大事にならずにすんだ。            「大家殿。重ね重ね世話になり申し訳ない。妻を亡くし男手一つで育ててきた故、目の届かぬ事が多々あるのだ。娘の容態も分からぬとは…何と情けない」               そう言うと、男は切腹しようと刃物に手をかけた。慌てたのは大家である。               「ち、ちょいと待ちなさいよ!あんたは情けなくなると、いちいち腹を切るのかい!だから侍は嫌いなんだ」 「拙者、今は侍では…」 「そんな事ぁどうでも良いんだ!いいかい?腹を切った事で、あんたの気持ちは納まるかもしれないがね、娘の気持ちはどうなるんだい!一人っきりになっちまうじゃないか!ちったぁ娘の気持ちを考えたらどうなんだい!」                    それを聞き男はハッとしたようだ。                     「大家殿。拙者、どうやらミイの事を全く考えていなかったようだ。妻を亡くし娘には拙者しか頼れる者がいないのだな」 「分かってくれたかい?それにしても…お前さんの商売は、何なんだい?枷がどうとか看板に書いてあったが…」 「大家殿。こればかりは、探り無用に願いたい。時期がきたら、いずれ分かるでしょう」                   しばらく男の顔を見ていた大家であったが、やがて表情をゆるめた。                  「まぁ、ここに住んでる奴らは皆、訳ありだからね。聞かない事にするさ。しかし、あまり娘に苦労させぬようにな」                  そう言うと大家は出ていった。 男は、大家が見えなくなるまで深々と頭を下げていた。
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