六章

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<ママがよく歌ってた> <しっ>セレンを促し、二人だけにした。 母は三年前、白血病を患いその時は抗がん剤治療で完治した。今回は再発で娘、セレンの骨髄を移植したが失敗に終わってしまったようだ。 残された時間は少ない。家族と過ごせる時間を大切にしたいと自宅療養に踏み切った。 痛み止めも強いものは使わず、毎日、テラスから来訪者を待ち続けていたのだ。 <おばあちゃん…しーちゃんね> <お母さん> <おばあちゃんの若い時にそっくりね> <よく言われるわ> <もうこんなに大きくなってしまったのねえ、ごめんね> 母は詩織の来訪を待っていたかのように7日の後天国に旅立った。 詩織は葬儀が終わると旅支度を始めた。 <もう行ってしまうのかい、シオリ> <急ぎの旅ではないんだけど、ここにいるわけにもいかないわ> 母がいない以上、詩織にとっては他人の家なのだセレンが手紙の束をバツが悪そうに出してきた。それは祖母から母に宛てられた手紙、開封されていない。 もう一つは投函されていない日本の祖母に宛てた手紙だった。 <セレ、なんてことを。ママがどれほどこの手紙を待ち続けていたか、一番知っていただろう> <ママには私だけのママでいて欲しかったの。日本のことなんか忘れて欲しかった> <セレ…> <おばあちゃんもお母さんも天国に行ってしまった。もう時効よね。私がもらっていってもいいわね> 詩織はスーツケースに手紙をしまい、一冊の小切手帳を出した。 <おばあちゃんがお母さんに残したものよ。私はこれを渡すためにここへ来たの。ガンの治療費が莫大にかかったんでしょう。これで借金を整理するといいわ> アメリカには保険制度が確立していない。 母の夫は、今もアメリカ軍人だ。収入もあり、母の治療費もなんとかなっていたかもしれない。 だが祖母が母の相続分として残したものだ。 <これはもらえないよ> <おばあちゃんがお母さんに残した分なの。お母さんの遺産はセレンが受け取るべきね> <シオリ…>母のパートナーは首を振る。 結局、詩織は母の分の小切手を渡さないままになってしまった。
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