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静寂は常に隣にいる。この世界で、僕か彼女が口を紡げば、それは静寂を意味した。
「静寂に耳を傾けるのが好き」と彼女は以前独り言のように呟いていた。ニュアンスとしては分からなくもなかったが、そんなことよりも、僕はそのフレーズがたまらなく好きになった。「静寂に耳を傾ける」。そんなこときっとこの世界でしかできないことで、それができるのは僕と彼女しかいないということが、何故か僕の気持ちを高鳴らせた。
「僕は恐いと感じないなぁ」
それから暫く彼女と静寂に耳を傾けてから、僕は閉じた瞳の中で彼女を映しながら言った。
「どうして?」
目を開いて震えた声をだす彼女に向き直って見る。そこには閉じた瞳で見た彼女がそのままそこにいた。僕は何時何処でだって彼女を見ることができることを知っている。
「ここには僕がいて、君がいて、静寂に耳を傾けることができる。そうだろ?」
彼女は少し考えるように目を瞑ってから、また開いて「うん」と言った。
「だから僕は何も恐くないし、君だって恐れることなんて、何もない」
そう言うと、彼女の表情は綺麗な笑みを浮かべて見せた。
「うん」
それから彼女は瞳を閉じ、それから開けることはなかった。
寝息すらたてず、すぐにまた静寂が顔を出した。
彼女はもう二度と目を覚ますことはない。
僕はそれを知っているし、彼女はそれを知っていた。
彼女の綺麗な顔立ちをもう一度見て、そっとその頭を一度撫でてみる。
そこには暖かなぬくもりが確かにあって、もう一度撫でようとすると、もうそこには彼女の姿はなかった。
僕は行き場を失った手を戻して、また目を閉じた。
閉じた瞳の中に、彼女はいた。
そうして僕も、もう二度と目を覚ますことはない。
でも、僕は恐ろしくないんだ。
だって、ここには僕がいて、君がいて、静寂に耳を傾けることができるのだから。
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