第二章 猫は出会い頭に驚く

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細い腕は、助けを求めるように何度か空をかき、力尽きるように落ちた。 うん、人類史上猫布団で圧死する以上に幸せな死に方があるだろうか? いや、ない! 反語的表現。 冗談はさておき、せめて骨くらいは拾ってやらねばなるまいて。 それが、最期を看取った者の悲しい運命。 細い指の、俺と比べると小さい手を握り、猫布団から引っ張り出す。 「あぁうぅ~……」 中から現れた少女は藍色のセーラー服を猫の毛まみれにして、目を渦巻き状にする漫画表現を体現する強者だった。 あれ、なんだろう? 見覚えがあるよ? 「けほっ、うぅ、口の中まで毛が入ってきてる~。 あ~、制服も毛だらけだよぉ……」 俺の腕を頼りによろよろと立ち上がり、手で猫の毛を払い始める少女。 その足元には、また大量の猫が体を擦り付けていたりで、あまり効果は上がっていない。 あぁ、これは間違いない。 猫に異常になつかれ、漫画表現を体現できる人間などそうはいまい。 「あ、あの、助けていただきありがとうございます。 挨拶が遅れてごめんなさ……」 はじめて顔をあげた少女が、俺の顔を見て言葉を失う。 細い眉は驚きで上がり、大きな黒瞳は見開かれ、形のいい小さな唇は半開き。 風に、腰まで届く黒髪と、それを首の辺りで束ねる赤い大きなリボンが揺れる。 「クロ、ちゃん……?」 「おぉ、ヒナお久しぶりだぁよ」 人生とは小説よりも奇なるもの。 なんでまた、あの家を忘れるために来たこの町で、俺の元姉に再会しちゃうかねぇ?
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