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「お前まじでふざけんなよっ」
誰もいないがらんとした空き教室に、怒ったような佐久間の声が響く。
あー、はいはい。と言いながら、整然と並べられた机に腰を下ろした。
きっと佐久間は、クラスメイトの前で志音の名前を出したことを言っているのだろう。その証拠に白いはずの肌は耳まで真っ赤だった。
「どうした、顔赤いぞ」
そう言って笑うと、佐久間はシャツを捲った腕で必死に口元を隠す。
そんなに揶揄うなよ、と伏し目がちに言う顔は、マジで惚れていると言ってるようなものだった。
佐久間が志音を好きなことはよく分かった。でも、人を好きになる気持ちは分からない。
そんな恋愛偏差値底辺の俺も、一年の時は隣のクラスに彼女がいた。
好きです、付き合ってください。と告白されて応じたものの、恋人同士の距離感や求められていることに気付けず、あっさり振られてしまったのだ。
橘くんは私に興味ないでしょ?
そう言った彼女の瞼は、前日にたくさん泣いたのか、痛々しいほど赤く腫れていた。自分を好きになってくれた女の子を泣かせた俺は、真剣に恋をする佐久間をからかう資格なんかない。
「そこまで本気だったなんて知らなかったよ、ごめんな」
誠意を示す為に机から降りて言うと、佐久間は何かを吹っ切るように、短く息を吐いた。
「こんなに取り乱して恥ずかしいわ」
「いいんじゃない、本気で人を好きになるって素晴らしい事なんだろ? 俺にはよく分かんないけど」
「一葉、まだ元カノのこと引き摺ってんの? もう時効じゃん」
「俺のことはいいから早く話せって」
昔を思い出した所為か空気が澱んでいるような気がして、からからと音をさせながら、教室の窓を開ける。そこから差し込む夏の日差しが、俯く佐久間の輪郭を熱くはっきり照らし出した。
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