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コンビニを出て少し歩くと、小さな公園に着いた。大型犬を連れた老夫婦がベンチで談笑している。吠えもせずお利口に座ったゴールデンレトリバーは、曇った空を見上げて会話が終わるのを待っているようだった。
「ねぇ佐久間くん。ブランコ乗りたいから付き合ってよ」
桜井はそう言うと、おもむろに荷物を置いてブランコに腰掛ける。ギィギィ音を立ててブランコを漕ぐ姿を見て、どうして俺を公園へ誘ったのか気になった。
「ねぇ桜井さん」
「なーにー?」
「なにがあったか聞かないの?」
俺は部活バッグを放り投げて、隣のブランコに座る。こうやって公園へ来たのも遊具で遊ぶのも小学生以来だった。なんとなく空を見上げると、さっきまで黒々としていた空に薄陽が差して、雲の切間から白い光が漏れている。
「何があったかより、元気ない佐久間くんが心配で公園に誘っただけだよ。だって、一人で立ち読みしてるより、誰かといた方が元気出るでしょ? 」
トントンっと、サンダルを履いた足を地面につけて桜井はブランコを降りた。それから少し離れた場所に置いてあったコンビニ袋を持ってくる。にこにこと笑顔を絶やさない桜井を見ていると、男子からモテる理由がちょっと分かった気がした。顔も綺麗だけど、心も綺麗だからだ。
「そうそう、佐久間くんと食べようと思ってたのにすっかり忘れてた」
差し出した手に握られていたのはパピコだった。水滴のポツポツ浮いた茶色いチューブを眺めていると、小学生の頃に食べていた記憶が蘇る。
「パピコ懐かしいなぁー」
「佐久間くんパピコすき? 良かったら一緒に食べようよ」
パキッと二つ割れた片方を受け取ると、火照った手が冷やされて行く。
「ありがとう、めちゃくちゃ嬉しい」
桜井はにっこり笑うと、感慨深げにパピコを眺め始めた。
「昔一葉とよく食べてたんだよね‥‥元気ない時とか、こんな風にくれたりして」
「そっか、幼馴染だもんね」
言いながら心がモヤっとする。
ただの思い出話を聞いただけで、何故引っ掛かったんだろう。気持ちの理由が分からないまま「いただきます」と一口食べると、渇いた心と体に染み渡っていった。
「あのさぁ」
「んー?」
パピコを咥えたままこっちを向く桜井は、無邪気な顔をしている。艶やかな黒髪から覗く瞳も、凛とした雰囲気とは違って可愛らしい。
塞ぎ込んでいた心が徐々に溶かされて、今日の出来事を聞いて欲しくなった。
「俺の話し聞いてくれる?かっこ悪くて笑えても我慢してね」
桜井はクスクス笑い「大丈夫、絶対笑わないから話してみて」と言う。全く信頼出来ないが、笑い飛ばしてもらえた方が救われるかも知れない。
俺はパピコを食べながら、最悪な一日について話し始めた。
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