祭りのあと

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 夜の縁日は良い。いつもは闇に飲まれているこの神社が、今だけは夜に逆らって光り続け、いつまでも笑い声が響く。白熱灯をぶら下げた屋台から、威勢の良い声と、香ばしい匂いが溢れている。  雑踏の喧騒に混ざり、どこからか太鼓の音と神輿を担ぐ男たちの掛け声がする。浴衣を着た男女が仲睦まじく歩いている。りんご飴を持った子どもが、金魚すくいの店目掛けて、一目散に駆けていく。各々が理性を失ったように浮かれ、祭りに熱狂してる最中(さなか)、 「全然売れねぇな‥‥」  一迦道商会の骨董屋は閑古鳥が鳴いていた。  仮設テーブルの上に並んだ岩。年代不明の古ぼけた壺。お札がベタベタくっついた掛け軸と、いわくがありそうな市松人形。こんな怪しい店に、誰が好き好んで金を落とすのだろう。  咥えタバコでボヤく一迦道の横で、俺は杏子飴を齧った。 「ガラクタしか置いてないからね」  ポリポリと子気味良い音が響かせながら、信楽焼の狸を見やる。俺のパイプ椅子と並んで鎮座しているが、客の視界にすら入っていないらしい。太々しい腹に貼られた五万円の値札が、寂しげに揺れていた。 「商品が悪いんじゃなくて、立地とメンツが悪いのさ」  一迦道はボサボサ髪の市松人形を掴むと、ついさっきバイトを終えて合流したばかりの玲へ向ける。 「玲チャン!色仕掛ケデ、オ客サン捕マエテキテー?」 「もう、そんなこと言うと、手伝ってあげませんからね!」  市松人形を小刻みに動かす一迦道に、玲はムスッと頬を膨らませた。  普段は下ろしている髪も、今日はポニーテールにまとめ、薄水色の浴衣を纏っている。いつもの気が強いイメージとは違い、今日は清楚系女子だった。 「だって、あっち見てみろよ。七味唐辛子屋は大盛況じゃねぇか。くそ‥‥」  一迦道が灰皿に煙草を押し付けながら、向かいの露店を見やる。そこには、満面の笑みで七味唐辛子を売る白檀香と、したり顔で御札を数えるキサラギと、呼び込みに励む佐久間がいた。
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