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ふと、りんご飴の甘い香りに混ざり、嗅ぎ慣れた桜の香りが、鼻腔をくすぐる。
燦然とする露店の明かりの下、自分を取り囲む雑踏を見渡したが、貂蝉の姿はない。
彼女の香りだと信じて疑わなかったが、どうやら勘違いだったらしい。
俺は首を傾げてから、「気のせいか」と一人ごちた。通行の妨げにならないよう雑踏の中へ踏み出すと、しばしば露店の前で足を止め、懲りずに貂蝉たちを探した。しかしそこには、狐の面をつけた子や、チョコバナナを頬張る子らがいるだけで、見知った姿は無かった。
もう諦めた方が良いかな。
濃紺の空を見上げて思った。もともと目には見えない存在だから、会える方が奇跡なのかもしれない。
来た道を戻ろうとしたとたん、キーンいう反響音が頭を支配した。耳鳴りがする、いったいどうしてだろう。シンプルな疑問とともに、辺りを観察した。
そこには、何の変哲もない祭りの光景が広がっている。ホッと胸を下ろしかけたが、妙な違和感に気付いてしまった。
よく目を凝らすと、ごった返す人々の中には、顔に布を貼り付けた人や狐顔の化け物が混ざっている。見間違いかと思って目を擦っていたら、ドンっと、ふくらはぎに衝撃が走った。
「ん?」
どうせ子どもがぶつかったのだろうと思い、下を向いて確認する。
小さな子ども———に違いないのだが、全身緑色の子どもがいた。露出した皮膚は粘液か何かでヌルヌル光り、ギョロっとした二つの金眼が、こっちを見上げている。
「お兄ちゃん、僕が見えるのぉ?」
ひしっ、長い爪が生えた手に、浴衣の裾を掴まれた。そのまま抱きつかれる。柔らかくもヌルリとした感触、驚くほど冷たい体温が、布地越しに伝わってきた。
振り払おうと思い、無我夢中で足を動かす。しかし、どれだけもがこうとも、気味の悪い子どもは離れてくれなかった。
「どっか行けって‥‥」
届かないであろう言葉を、独り言のように呟いた時、
「一葉さまから離れなさい」
唸るような三日月の声が、背後から聞こえた。
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