祭りのあと

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 身体が動かせないので、首だけゆっくり振り返る。すると、慌てた様子の子どもが、弾かれたように離れた。  俺の背後にはもちろん、低い声の主である三日月が、全身の毛を逆立てて威嚇の姿勢を取っている。 「よくもその汚い手で、一葉さまに触れてくれたな。罰として通行手形は没収する」  何もない空間に、十センチ程の木の板が現れる。表面に『可』と書かれたそれは、くるりと回転すると、三日月の前に落ちた。 「ど、どうかそれだけは勘弁してください」  三日月は土下座する子どもを一瞥すると、前足で木の板を踏んだ。 「河童如きが、駿河七神を裏切るなんて、わたしたちも舐められたものだ」 「本当に、本当に申し訳ありません、さま。もう二度とこのようなことは致しませんので‥‥」 「人間に危害を加えないと誓ったから、街へ入れてやったのに、言ったそばから人間に触れるとは‥‥この代償は高くつくぞ?」  三日月の金色の瞳が、何かを問いかけるように細められた。  どうやら三日月の足元にある木の板が通行手形らしい。そして土下座している河童は、俺に抱きついたことにより、その手形を没収された。  馬鹿だなぁと思いながらも、尻尾が二本になった三日月に睨まれる河童が、なんだか不憫に思える。この様子だと、手形の没収だけでは済まされないだろう。 「三日月、もう良いって。浴衣はびちょびちょだけど、身体はなんともないし」  ぐっしょりと濡れた浴衣は不快だが、危害を加えられたわけじゃない。俺がため息混じりに言うと、三日月は耳を畳んで振り向いた。 「でも、一葉さま」 「そんなことより、貂蝉と翁のところに連れてってくれる?」  そう言いながら、そっと辺りを見回す。  妖怪のようなものが人間に混ざって闊歩しているが、これといった混乱も起きていない。すれ違う人も三日月に気づいていないようだし、になる前に、この場を離れたかった。  
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