祭りのあと

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「まさか、河童に抱きつかれるなんてなぁ」  社殿裏の林を歩きながら呟くと、隣に居た三日月がフゥッとため息をついた。    さっきの河童は山奥出身の田舎者で、引っ越した親戚に会う為に、この街に来たらしい。人間界も人間に会うのも初めてだったが、祭りの雰囲気に魅了され、知らず知らずのうちに気が大きくなっていたのだろう。   「人間は妖ものが見えないと聞いていたが、この男が他の妖ものを認識しているのに気付き、つい飛びついてしまった‥‥ちょっとした出来心だった」  三日月に尋問された河童は、万引きで捕まった小学生のように、背中を丸めてそう言った。あまりにも可愛い動機だったので、俺は笑いが止まらなかったが、三日月は終始面白くなさそうだった。 「あの河童め‥‥わたくしを差し置いて抱きつくなんて、やはり懲らしめておくべきでした」 「あ、もしかして三日月、嫉妬してんの?」  俺は三日月の機嫌を直そうと、袋からあんず飴を取り出した。水飴がたっぷりかかったすももが、モナカの皿の上で、キラキラと光っている。  三日月は金色の猫又と呼ばれる妖怪のはずなのに、愛玩猫のように懐っこいし、心も硝子で作られたように繊細だ。他の駿河七神に対しては警戒心が残っているが、三日月だけはなんでも話せる存在になっていた。  猫でも食べやすいように、すももに刺さった割り箸を抜いていたら、驚くほど冷たい風が頬を撫でる。 「一葉さま。もうすぐ、日本三代古道の一つ相模辺路(さがみへじ)の入り口へ着きます」 「サガミヘジって、キサラギさんが言ってたのこと?」 「左様でございます。わたくしども鬼道の門番は、相模辺路から街へ入る者の選別を任されていて、悪意が無いと判断したものには通行手形を渡しているのです」  ふぅん、と相槌を打ち、モナカに乗ったあんず飴を三日月の口へ入れる。目を細めてもぐもぐする三日月を撫でながら、鬱蒼とする林を進んだ。
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