祭りのあと

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 貂蝉と交わした、お互いの気持ちを確認するような指切り。  俺は志音を大切に思っている。  そう小指を通して伝えると、貂蝉の小指が、分かっていると言いたげに、強く絡まった。 「、だな」  そう言って指を離した貂蝉は、くるりと身を翻し門の方へと歩き出す。蒸し暑く澱んだ空気の中で、髪飾りの揺れる音が響いた。その涼し気な音が耳に入ったとたん、もう貂蝉に会えないような、一人、置き去りにされてしまうような、言い知れぬ寂しさを覚える。 「貂蝉、みんなのところに行こうよ。ほら、一迦道さんも、ガラクタ‥‥じゃなくて骨董品が売れなくて困ってるからさ、一緒に店番しない?」 「あたしはいいよ。あいつらが楽しくやってんのに、水を差すようで悪いからさ。だいたい、祭りなんか性に合わないのさ‥‥浮かれた人間を見るのは好きじゃないんでね」  貂蝉は憎まれ口を叩くくせに、本当は思いやりのある人間だと気付いていた。  さっきだって、門番の仕事を切り上げてくれたし、買ってきたあんず飴も顔を顰めて食べていた。きっと口に合わなかったのだろう。それでも何も言わずに完食するなんて、良い人以外の何者でもない。 「貂蝉‥‥」  しかし俺は、「一緒に行こう」の一言が言えずに口をつぐんだ。提灯の明かりの下で、赤い着物が揺れている。 「なんて顔してんだお前、またいつでも会えるよ」  貂蝉は愉快そうに笑うと白い手を振って背を向ける。提灯の灯りがフッと消え、辺りが闇に包まれると、翁と思しき草履の音も、少しずつ遠ざかっていく。    俺は闇を見つめながら、相模辺路に吸い込まれる二人を思った。いつもこうやって、あの暗い古道へ帰っていくのだろうか。神社で花札をしていたのは、たまたまだったのかもしれない。初めて会った日の記憶が幻想のように感じられた。
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