祭りのあと

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「一葉さま、そろそろ戻りましょうか。如月さまが心配します」  三日月のふわふわとした毛並みが、浴衣の袖を撫でる。その時にはもう、二人の姿は見えなくなっていた。 「そうだね。帰ろっか」  俺たちは鬱蒼とした林を、ふたたび歩き始めた。来た時よりも寂しく感じる道を、下駄で踏み締めるたび、紺色の闇が身体に纏わりつくようだった。 「そういえば一葉さま。先刻は勝手に学校へお邪魔してしまい、申し訳ありません」 「なんで謝るの?」  気がつけば道の両端にある石灯籠に火が灯っていた。社殿へと連なる石灯籠は、三日月の足取りに反応するように、ぽんぽん明かりを灯していく。  神様なら神様らしく堂々としていれば良いのに、隣を歩く三日月は背中を丸めていた。 「如月さまが、大きな猫は目立つから学校に来ては駄目だと‥‥」 「それを言うなら、正門で煙草吸う男もどうかと思うよ」  あの日、学校に来た三日月は、キサラギが指を鳴らしたとたん見えなくなってしまった。確かに大きな猫は目立つが、正門で煙草を吸うキサラギも、十分注目されていた。  あの人は、自分を棚に上げるのが上手いよなあと思っていると、三日月の足が止まる。 「如月さまは煙を吐いていないと、死んでしまうらしいので、大目に見て下さい」  ぱちくりと、まばたきひとつ。  三日月は仰々しく頭を下げた。 「わたくしは此処で失礼致します」 「みんなのところに行かないの?」 「ええ、大きな猫は目立つので、遠慮しておきます」  擦り寄ってくる三日月を撫でてやると、身を翻し、元来た道を駆けて行った。闇に消えて行く姿を石灯籠が照らしている。 「またな、三日月」  俺は小さく手を振って、三日月が消えた森の奥を見つめていた。無数の人々の熱気と騒めきが聞こえてくる頃には、もう石灯籠の灯りは消えていた。
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