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玲に引っ張られて走り出す直前、
「‥‥‥‥光の中を一人で歩むよりも、闇の中を友人と共に歩むほうが良い」
という一迦道の小さな声がした。
振り向くと、賽銭箱の横に座ったまま、ひらひらと手を振っている。
「桜井ちゃんに宜しくなー」
俺は小さく頷いて、玲の手を握り返した。
前を走る佐久間に続いて、神社を抜け畦道を蹴って、志音の居る予備校を目指す。左右の景色は瞬く間に流れて行き、身体が夜風に溶けそうだった。駅前のロータリーに着く頃には、下駄の鼻緒が食い込んで、足がズキズキ痛んだ。
もう歩こう。という言葉が出かかった時、佐久間が、もうちょっとだね!と声を張って言う。
ロータリーの時計は、七時五十分を回ったところだった。花火は八時から。予備校へ着いたとしても、志音と連絡がつかなければ意味が無い。
「志音に連絡した?」
前を走る佐久間に言うと、大きく首を振り、
「したけど返ってこなーい!」
と、これまた大きな声で言った。
マジか。と呟いた俺の声は、車のエンジン音に掻き消された。
予備校に着く頃には、俺たちはもうぐったりしていた。浴衣もよれて靴擦れも酷い。全てがどうでも良くなって、予備校の看板の下で下駄を脱ぎ、裸足でコンクリートを踏み締めた。
「こんなに靴擦れしたの、人生で初めてなんだけど‥‥」
煌々と灯る予備校の明かりが、俺たちを照らす。額にかいた汗を手のひらで拭う佐久間と、乱れた髪を手櫛で整える玲。二人とも息を切らせているのに清々しい顔をしていた。
そして、きっと俺も同じ顔をしているだろう。花火が始まる前に、予備校に着いて良かった。
呼吸を整え終えた佐久間が、窓に手を掛けて中を覗いている。玲もまた、俺の手を放して窓に近づいた。
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