祭りのあと

22/27
前へ
/295ページ
次へ
「桜井さん、いる?」  玲が言うと、佐久間が振り向いて手招きする。 「いるいる。でも、全然気付かない」  真っ白な蛍光灯。真っ白な机と椅子が並ぶ教室。志音以外の生徒は居らず、窓越しに静かな空気が伝わってくる。真ん中あたりに座る志音は、『妖怪大全集』というタイトルの本を、真剣な眼差しで見つめていた。  佐久間が指の背で窓を叩こうとした時だった。上空で口笛じみた音と、短い炸裂音。それから小石が散らばるような音が続けて鳴った。  空に咲く花火を見上げていると、教室の窓がガラガラと開く。 「こんなところで何してるの?」  志音はそう言って、窓から身を乗り出した。    着ている白いワンピースが風に揺れる。 「花火見ようってラインしたよ」  佐久間が唇を尖らせると、志音はスマホを取り出した。画面を数回タップして確認すると、申し訳なさそうに肩を落とす。 「ごめん。忙しくて、スマホ見る余裕無かった」  二発目の花火が上がった。  ドーンという音がして、夜空いっぱいに花が咲く。 「ねぇねぇ、屋上行かない?」  志音が悪戯っぽく微笑むと、上を指差した。  もっとよく見えると思う。とうんうん頷いて、教室の出口へ走っていった。他の二人は躊躇う様子もなく予備校へ入っていく。俺は背中を見つめながら下駄を拾い、二人の後を追いかけた。 「こっちこっち、早く」  階段を駆け足で上る志音に続き、俺たちも階段を駆け上がった。冷房の効いた空気が、すっと素足を冷やす。夢中で走ってきた火照りが足先から蒸発していくみたいだ。  リズミカルに階段を上る志音は、無邪気だった。呪い返しのことも忌の神のことも感じさせない、等身大の女の子だった。いつ見てもお茶目で一生懸命で、背筋がピンとしている。  そういうところが好きだった。  もちろん、幼馴染として。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

216人が本棚に入れています
本棚に追加