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「桜井さん、いる?」
玲が言うと、佐久間が振り向いて手招きする。
「いるいる。でも、全然気付かない」
真っ白な蛍光灯。真っ白な机と椅子が並ぶ教室。志音以外の生徒は居らず、窓越しに静かな空気が伝わってくる。真ん中あたりに座る志音は、『妖怪大全集』というタイトルの本を、真剣な眼差しで見つめていた。
佐久間が指の背で窓を叩こうとした時だった。上空で口笛じみた音と、短い炸裂音。それから小石が散らばるような音が続けて鳴った。
空に咲く花火を見上げていると、教室の窓がガラガラと開く。
「こんなところで何してるの?」
志音はそう言って、窓から身を乗り出した。
着ている白いワンピースが風に揺れる。
「花火見ようってラインしたよ」
佐久間が唇を尖らせると、志音はスマホを取り出した。画面を数回タップして確認すると、申し訳なさそうに肩を落とす。
「ごめん。忙しくて、スマホ見る余裕無かった」
二発目の花火が上がった。
ドーンという音がして、夜空いっぱいに花が咲く。
「ねぇねぇ、屋上行かない?」
志音が悪戯っぽく微笑むと、上を指差した。
もっとよく見えると思う。とうんうん頷いて、教室の出口へ走っていった。他の二人は躊躇う様子もなく予備校へ入っていく。俺は背中を見つめながら下駄を拾い、二人の後を追いかけた。
「こっちこっち、早く」
階段を駆け足で上る志音に続き、俺たちも階段を駆け上がった。冷房の効いた空気が、すっと素足を冷やす。夢中で走ってきた火照りが足先から蒸発していくみたいだ。
リズミカルに階段を上る志音は、無邪気だった。呪い返しのことも忌の神のことも感じさせない、等身大の女の子だった。いつ見てもお茶目で一生懸命で、背筋がピンとしている。
そういうところが好きだった。
もちろん、幼馴染として。
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