祭りのあと

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「実は私ね、民俗学の教員になりたいの」  『日本妖怪大全集』を両手で持ち、志音はニコニコと夢を語る。  駿河七神と会って、神様や妖怪の存在を間近に感じたことがきっかけになったらしい。なんともオカルトオタクらしい夢だった。  つぎつぎと絶えることなく花火が上がったあと、柳のような火の筋が闇に垂れる。その光に俺たち四人の顔がぼうっと照らされた。 「私は、晴海旅館の女将になりたいな」  玲が呟くと、それを見た佐久間が小さく手を挙げる。 「はい。俺はこの街で、少年サッカーチームの監督になりたいです」  みんなの夢の話しに、へぇ、とかふーんとか曖昧な返事をしていたら、一葉は?と佐久間が聞いてきた。 「俺はまだ考え中」 「じゃあ一緒にサッカーチーム作ろう。一葉はマネージャー兼バスの運転手ってことで」 「絶対嫌だ」  断ったにも関わらず、佐久間は嬉しそうに肩を組んでくる。暑苦しさとうざったさを感じながらも、今四人ともがいちばん幸せだと思った。夜空に咲く花火は、希望や未来や夢を照らし出し、導いているように見える。  来年もまたみんなで花火が見たい。  いや、これから先もずっと、四人一緒にいたかった。 「みんな、今日はありがとう。帰ったら進路のこと話してみる」  そう言って手を振る志音と佐久間に別れを告げ、俺は玲を送った。晴海旅館からの帰り道で空を見上げると、花火の残りカスのような雲が、真っ黒な空に浮かんでいる。    ああ、と俺は大きく息を吐いた。  夏休みの宿題に赤点補習に母親のサンドバッグ。どれを取っても地獄だが、それより進路を決めないと、みんなに置いていかれそうだった。なにより、少年サッカーチームのマネージャーなんて、絶対やりたくない。  佐久間を思い出しながら、俺は真っ暗な道を歩く。  靴擦れの痛みはあったが足は軽く、生暖かい夜風も心地良い。それもこれも全て、鮮やかな花火とみんなのおかげかもしれない。
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