祭りのあと

26/27
219人が本棚に入れています
本棚に追加
/295ページ
 ミンミン———‥‥  庭で油蝉が鳴いている。  学校が無い日々は開放的だったが、退屈だった。こんな感じでぼーっとしていたら、夏休みがあっという間に終わり、二学期が来て冬休みが来て、流されるように大人になってしまうんだろう。  リビングに面した和室でゴロンと転がりながら、なんとなくグループラインを開いた。   『みんなとあんず飴食べたかったな』  という、数日前の志音のラインから沈黙したままだった。涙を流す顔文字が、祭りへ行けなかった悔しさを物語っている。  こうやって寝転がっていると、昨日の花火が壁に浮かび、『日本妖怪大全集』が思い出された。  志音にラインしようと思ったけど、佐久間を抜きにして会うのは忍びない。玲にラインしようと思ったけど、晴海のバイトで忙しいかもしれない。佐久間なら‥‥‥‥  プルルルルッ  リビングで電話のベルが鳴った。そのベルは酷く焦って鳴っているように聞こえる。洗い物をしていた母親が、はいはいと返事をしながら、エプロンで手を拭いて受話器を上げた。 「はい、橘です」  あらお久しぶり。という母親の余所行き声に苛立って、リビングに背を向ける。『かき氷屋行こう』と佐久間にラインを打っていたら、 「え‥‥志音ちゃんが?」    という慌てた声がした。  振り向くと、目を見開いた母親が俺の方を見ている。 「うちには来てませんけど」  俺の中で、花火が白黒になって、志音の笑顔が霞がかって、心臓が速く動き出した。 「警察には?‥‥はい、はい‥‥そうですか。ええ、捜索願いを‥‥」  母親の声はたっぷりの戸惑いに溺れていた。  視界の端から順に世界が止まっていく。 「志音がどうかしたの?」  受話器を置いた母親の手は震えていた。薄く開いた唇はパクパクと動くだけで、何も話さない。テレビのワイドショー番組の声だけが、静まり返ったリビングに響いていた。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!