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一華は桔梗の妹遊女ということもあり、座敷で顔を合わせるうちに親しくなった。しょっちゅう飴玉をやったり三味線練習に付き合ったりして、実の妹のように可愛がっている。
とはいえ、桔梗が手を繋ぐ俺たちを見たら、何と言うだろう。
白いため息をつくと、うしろから雪を踏む足音が聞こえた。一華が振り返る。
「一華、桔梗姐さんに見つかっても知らないよ」
先程まで雪合戦に興じていた遊女たちが、尖った声で言った。一華は手を放すかと思いきや、熱を持った指を絡ませ、
「大丈夫よ、だって姐さんは‥‥」
と目を伏せて、女郎宿の玄関へ向かう。
桔梗がどうかしたのだろうか。そう思って、一華の雪片を纏う髪を見つめたが振り返らなかった。
傘の雪を払いながら玄関へ入ると、三味の音色や遊女の笑い声が響いている。草履を脱ごうと屈んだ時、突然一華が手を放した。
「如月さまじゃありませんか。最近会いに来てくださらないから、忘れられたかと思いんした」
薄緑の衣に金糸で大輪の牡丹が刺繍された着物をまとい、大きく開いた襟元は豊満な胸の谷間を強調していた。結い上げた黒髪には真っ赤な花が挿され、匂い立つ麗しきこの女は、燈心楼で一番人気の遊女、桔梗。
美しい容姿もさることながら、詩歌や三味線に富み、太客を多数持つ稼ぎ頭である。———そして、俺がひいきにしている遊女だった。
「暇そうに見えて、俺も色々あるんでね」
嘘はついていない。
村の対処に追われていた所為で、女のことを考える暇がなかった。疫病が蔓延したりあやかしが湧いて出たり。そのことを悟られぬよう、戯けた口ぶりに桔梗は、そう。と言いながら頬を膨らませる。
「桔梗、ちょっと」座敷から顔を出した遊女が手招きした。桔梗は澄んだ眼差しで此方を見ると、小さく返事をして去って行く。
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