遊郭の化け猫(番外編)

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 現世に未練を残し、成仏できないまま鬼道を彷徨った挙句、遊郭に買われた桔梗は二度地獄を味わっていると言っても過言ではない。好きでもない男に抱かれ、忙殺される日々を送るのなら、どんな形であれ自由になった方が幸せに決まっている。  無意識に煙管の口元を噛んだ時、茶々が呆れたように外方を向いた。  時は暮れ六つ。  灯りの入った提灯片手に、騒動の部屋を訪れる。八畳ほどの座敷部屋は黒く焦げ、きな臭い匂いが残っていた。  俺は提灯の明かりを頼りに、柱や畳に手を這わせ、化け猫の手掛かりを探す。  なぜ燈心楼に現れ、桔梗の寝屋を妨害したのか。何の目的で桔梗の邪魔をしたのか———  煤けた指を擦り合わせていると、見知らぬ男に抱かれる桔梗がぼんやり見える。  あれは梅の花が咲き始める頃。  相模辺路で蹲っていた桔梗を抱え、燈心楼へ送ったのが始まりだった。「転んだ拍子に草履の鼻緒が切れちまって、歩けないんです」と、目を伏せて言われ、気付けば俺は、桔梗の脇の下に手を差し込んで抱えあげていた。  「あんた、優しいんだね」と言って微笑む顔を、軽い酩酊とともに思い出す。両腕にすっぽり収まる華奢な身体や、照れたように染まる白い頬。もう昔の記憶でしか無いが、桔梗の美しさは出会った頃から変わりない。 「明日か」  化け猫と桔梗が繋がっているのなら、身請けされれば現れないだろう。煙管に火を付けながら独りごちる。  あの日、桔梗を燈心楼に送ったことで黄瀬川と知り合い、番人の仕事にありつけた。偶然だとしても感謝している。  だが、ものにならない女になんの未練があるだろう。口付けた回数より肌を重ねた回数より、金が男の箔になる。崇め祀られた神格に抗えない俺が、見請けに待ったはかけられない。
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