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キッチンの母親に背を向けて、眉間に皺を寄せていると、背後でガンッと衝撃音がする。陶器のような硬い音。今朝のメニューはトーストとサラダ。そこに加わるとすればコーヒーか‥‥なんてぼんやりした脳を働かせながら振り向くと、音の正体と思われるコーヒーカップが置いてあった。
「昨日の夜。てっきり勉強してるんだと思って覗いたら、参考書開いたまま爆睡してるなんて、お母さん涙が出そうだったわ。ちゃんと勉強しないと、良い大学に行けないし、良い大人になれないわよ」
そう言われれば、参考書を読んでも頭に入らず、自己嫌悪に陥って突っ伏した記憶はあった。多分そのあと、無意識にベッドへ向かったのだろう。そもそも勝手に部屋入んなよ、と思ったが、母親の声がグサッと刺さったのも事実だった。
「そんなこと言われなくたって分かってるし、俺も色々考えてるってば」
「いつもそうやって言うけど、母さんはあんたが現実から逃げてるようにしか見えないのよ」
「そう思うなら、放っておけばいいじゃん」
びっくりするほど苦いコーヒーを啜りながら、いい大学といい大人という何十回も聞かされた台詞を咀嚼する。しかしそれが、自分にとっていい未来へ繋がるとは思えないのだ。
「志音ちゃんなんて、お父さんの病院継ぐために国公立目指してるんだって。確か中一の時よね、お兄ちゃんが交通事故で亡くなったの」
向かいの席に座った母親は、エプロンで手を拭いたあと、自分のコーヒーを一口飲んで言った。これもよく聞く台詞だった。
この人は何かにつけて、幼馴染の桜井志音と俺を比べたがる。
確かにオカルトオタクという点を除けば、勉強もスポーツも出来るし顔も悪くないし、優等生だと思う。
「辛いこともあったけど、お父さんの病院継ぐ為に頑張ってるって、お母さん喜んでたわ。あんたも志音ちゃん見習いなさいよ」
「もちろん、見習うべきところはあると思う」
そう言ったあと、理解できないところもあるけど、と付け加え、残りのトーストを口に入れた。オカルト雑誌やホラーDVDをコレクションするところは見習いたくないからだ。
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