青夏

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「じゃあ、母さんは出来の悪い息子を憐れんで洗い物するから」  そう捨て台詞を吐いて立ち上がった母親は、コーヒーカップ片手にキッチンへ消えた。  とたんに、激しい流水音と皿と皿がぶつかる音が響く。  ひとこと言ってやりたくなったが、グッと飲み込んで、朝食もそこそこに席を立った。  玄関の外は、夏の勢いに溢れた凄い青空だ。眩しくてそこら中が光って見える。    いつもと同じように自転車へ跨り、降るような蝉時雨の中を進む。ときたま吹くそよ風によって、ひまわり畑の黄色が揺れ、畦道を行く車輪がガタガタと鳴る。どこまでも代わり映えしない通学路の途中で、ふと、古びた神社が目に留まった。  見上げるような石段が、鳥居の真ん中に長く伸びている。先にある社は塗装が禿げてボロボロだが、横に立つ大きな杉の木の所為でやけに貫禄がある。いや、手入れされて無い割に生命力を感じるというか、とにかく不気味だった。  なんとなく自転車を留めて見入っていると、お話し好きの祖母を思い出す。  数年前に亡くなってしまったが、数々の御伽噺は、今でも鮮明に覚えていた。  満月夜だけ出現する狸の団子屋の話しや、蔵に住み着く座敷童子の話し。掛け軸の中の女が夜中に動いて口紅を塗る話しに、人間には入ることのできない神々の領域の話しなど、数えきれないほどの話しをしてくれた。  その数々のあやかし怪譚の中に、この神社の話しがあったのだ。
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