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村人たちは礼を言う為に、揃って杉の木の元へ向かう。しかし、既に先客が居た。
仕立ての良い黒い着物を纏う男が、杉の木の幹に寄り掛かって煙管をふかしている。腰まで伸びた艶のある黒髪。日に照らされた白い肌。流れてくる煙の匂いに顔を顰めながらも、村人は素性を聞こうと口を開く。
「見掛けない顔だが、何処のもんだ? 」
畑仕事に追われている村人達とは対照的な出立ちに加え、髪を分けた拍子に露わになった顔も涼やかだ。色めき立つ村の女たちを気にも留めない素振りで、男は白くしなやかな指で自身を差した。
「俺か? 俺は偶像だよ」
偶像———その聴き慣れない言葉に、問いかけた村人自身が困惑していた。
男は煙管の煙を空に吐きながら、切長の瞳で村人たちを見遣る。
「あんたら、飢饉をどうにかして欲しいってこの杉の木に願ったろ? 俺はこの木のしがない精霊だったんだが、毎日崇拝されたお陰で、こんな大層なもんになったわけ」
そう言うと男は、両腕を広げてニヤァっと口元を引き上げた。
「あんたらがこうなって欲しい、こうして欲しい、こんな神様であって欲しいっていう思いが、精霊の器に肉付けして神様を作り上げたんだよ。人間のくせになかなかやるな」
騒めく村人たちに背を向け、正体を明かしたついでに、もう一つ教えてやるよ。と言って、木の幹を叩く。
「この木を中心に鬼道っつうのが通ってて‥‥‥と言っても分からないか。うーん、要は、人ならざる者が通る道のことさ。そこから悪いあやかしどもが飯を食う感覚で入って来るから、人間は正気を吸われて疫病になっちまうんだ」
男は尖った顎を親指と人差し指でつまみ、思考に耽るように杉の木を見上げた。
「‥‥‥‥今はあんたらから貰った力でどうにか抑え込んでるが、もってあと二月‥‥その後はまた元に戻っちまう」
どうする? 突然男の指先が一人の村人を指す。何も答えられずにいると、次は横の男、その次は‥‥と順々に移動する。骨張った指が村長の前に来ると、指された村長は膝を着いて頭を伏せた。
「先程の無礼はお許しください。そして貴方様が大神様だとお見受け致しました‥‥私共はどうすればよろしいのでしょう。代わりと言ってはなんですが、貴方さまが求めるものをお聞かせください」
「素晴らしい、あんたが村長か。話が早くて助かるよ」
男は風に髪を揺らしながら笑った。
その笑顔は、神様と呼ぶには些か陰のある、きな臭いものだった。
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