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だからこそ、さっきからパラパラとページをめくる仕草が気になる。テスト勉強をしているというよりは、教科書の感触を指で確かめているといった雰囲気だった。
「なんかあった?」
教科書を読みながら、何気ないふうを装って聞いたが、佐久間は、んー? というだけで話そうとしない。
「なんかあったんなら言えよ、気持ち悪いじゃん」
テストに関することか、それとも家庭の悩みか。古典の教科書に引いた赤線を目で追いながら、佐久間の返答を待つ。
「気になる人ができた」
意を決したような低い声が返ってきた。
俺は赤線の引かれた君に恋ひを見て、つい笑ってしまう。
「へぇ、よかったじゃん。モテる佐久間なら余裕で落とせるんじゃない?」
「‥‥‥‥いや、相手が相手だからさ」
君に恋ひ いたもすべなみ 奈良山の 小松が下に 立ち嘆くかも———
万葉集の一説の意味を考えたが、全く分からない。
相手って誰? と佐久間の方を見ずに聞き、解説文に視線を落とした。
「B組の桜井志音」
右耳から入ってきた佐久間の声と、
君が恋しくてなす術もなく奈良山の小松の下に立って嘆いています。という訳が頭の中で混ざり合う。
そして俺の思考は、解説文の方へ傾いた。
へぇ、と相槌を返すと、佐久間が教科書を閉じる音がする。
「へぇって、何とも思わないの?」
「逆にそれ聞いて何か言うと思った?」
「ほら、幼馴染って、漫画だとお互い好きなのに付き合わないでグズグズしてる事多いじゃん」
佐久間は教科書を握りしめながら、少し大きな声を出す。言われてみれば、王道のシチュエーションだろう。幼馴染同士が小さい頃に結婚の約束をして、高校生になってお互いを意識して‥‥恋愛漫画ではありがちの展開でも、俺たちがそういう雰囲気になったことは一度も無い。
そういうのは漫画の世界だけだろ、と言いながら、騒がしくなった教室で溜息をつく。
「じゃあ、本当に何にもないんだね?」
「何にもないって」
「ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとに」
一ヶ月分くらいのほんとを言わされてうんざりしていると、タイミング良くホームルーム開始のチャイムが鳴った。
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