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『アンタどうせ鍋落とすやろ…』
彼女は乱雑に詰め込んだ思い出だらけの破れた紙袋から、一番上に置かれた土鍋を取り上げた。
『車まで持ってくよ』
僕はつぶやくような小さい声で
『ありがとう』
としか言えなかった。
始めは恥ずかしそうに、いつの間にか当たり前のように出入りしていたドアを開き、僕達は外に出た。
こうして二人で夜道を歩くのも最後かと思うと何か不思議な気持ちになる。
『後ろでいいやろ?』
と彼女は車の後部座席に土鍋を置き、ドアを閉めた。
少し間が空き、僕は向き直って叫んだ。
『ホンマありがとうな。五、六年後にもし会ったら、見とけ…絶対に、絶対にめちゃくちゃええ男になってお前惚れさせるんやから…』
言って虚しくなるような、カッコ悪いと自己嫌悪するようなセリフだと思った。
彼女はうなずくだけで一言も喋らなかった…
この一分一秒が凄く長く感じた…
そして僕は車に乗り、もう一度彼女の顔を見て、やっぱり綺麗な子だなと第三者のように感じながらキーを回しエンジンをかける。
アクセルを踏むと、バックミラーに写る彼女はどんどん小さくなって行った。いつもはすぐ家に入る彼女も、この日だけはずっと立っていた。
僕は家に着き階段を上がる。コツコツと耳に響く音はやっぱり重ならずに一人きりの足音だった。
家のドアをあけ、靴も脱がずに冷蔵庫の中から糖分0の発泡酒を取り出し、プルトップに指をかけた。
プシューッ
飲むとやられてしまうと避けていた酒も今日なら大丈夫なのかもしれない。
そして携帯を取り出しアノ人に電話をした。
アノ人ならきっと、本当は面倒くさくても聞いてくれるはずだ。
プルルルル、プルルルル…
『はぃ』
『なぁ、ちゃんと話して来たで。』
『うん』
『やっぱり真っ直ぐにぶつかって良かったょ』
『うん』
夜はまだまだ長そうだ。今日は少し付き合ってもらおう。
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