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月が夜の闇を照らす役目を終え、太陽が顔を覗かせた冬の明け方、女は男と眠っていた暖かなベッドを抜け出し、帰りの身支度を始めていた。
身体のだるさは昨晩の情事を思い出させた。
「もう、行くのか」
女が部屋を出ようとしたその時、男が女の白くか細い腕を掴み、声を掛けた。
「起きていたのですか」
女は視線を床に落とし、ぽつりと呟いた。
「行くな……何処にもな」
ほんの一瞬、女は辛そうな表情をしたが、男の腕を無理矢理に振り払う。
しかし、男は女を追い、今度こそ逃げられないように後ろからしっかりと抱き締め、耳元で囁く。
「外は寒い。もう少しだけ俺の傍にいてくれないか」
女は男の切なげな声の毒牙にやられ、抵抗するのをやめた。
「もういっそ……君を何処か人の目につかない所に閉じ込めてしまおうか。そうすれば君は俺以外を見ることはないし、悪い虫がつく恐れもない。それに何より、あいつに気兼ねする必要もなくなるのだから……愛する君と二人だけの世界で静かに老い、朽ち逝く……それ以上甘美なことがあるか」
男は途端に饒舌になり、歪な願いを曝けだした。
「馬鹿なことを……」
女は呆れたように言い放ちがらも、この男と二人だけの世界なら悪くはないと思った。
この男となら、どんなことだって幸せに繋がるのだから……
最後のアダムとイヴになれるなら、そうなりたいと願う。
しかし、そんな二人の心など気にかけるはずもなく、また朝は来るのだった。
そうして、また二人は決して叶うことのない恋に堕ちていくのだ。
end
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