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「結婚おめでとう」
誰もいない殺風景な部屋で若い男の声だけが虚しく響く。
「言えるわけがない……」
男はどかりとソファーに腰をおろし、苦笑を漏らした。
男は明日、幼い頃からずっと慕っていた幼馴染みの結婚式に呼ばれている。
初恋は叶わないとは、よく言ったものだ。
例え、この男が幼馴染みを二十年近く想い続けていても、その幼馴染みの相手に選ばれたのは出逢って数年しか経っていない輩だった。
皮肉にも想い続けている時間の長さと、結ばれる確率は比例しない。
男は心の何処かで信じ続けていた。
彼女を妻に迎えるのは自分であると……
だが、現実はどうだろう。
残酷にも時は刻々と迫り、明日の結婚式へと近づく。
男は溢れそうになる涙を堪え、受話器を手に取り、彼女に電話を掛けた。
プルルルと耳元で流れる音がうざったい。
その音を聴く度に心臓の音が速くなる。
やがて、音が止むと代わりに柔らかなアルトの声が聴こえてきた。
『もしもし?』
受話器から聴こえてきたのは、紛れもなく愛する彼女の声で、男は言葉を発することを忘れていた。
「…………」
『もしもし? どちら様ですか?』
「…………俺」
男は少しの沈黙の後、名前も告げずに“俺"とだけ答えた。
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