319人が本棚に入れています
本棚に追加
開けっ放した音楽室から、少し控えめなワルツが聞こえた。
その音を奏でるのが誰かなんて、聞こえてきたその瞬間から分かる。
(や、ちょっと盛った・・・うん、五秒後くらいから、なら、)
これが彼の親友(そいつは姉だと言い張るのだが、)のものならもっと豪快に、爽快に弾きあげられるだろう。
(かずらしーな・・・)
(別に誰が怒る訳じゃないのに、)
B型の癖にいつだって周りに気を配る恋人らしいと、思わずくすりと笑ってしまった。
「かあーず、」
それでも音は鳴り止まない。
「こら、かずくんっ!!」
「わ!!」
音楽室のドアからちら、と顔を覗かせて声楽科で鍛えた肺活量を存分に発揮して叫べば、もう、なんだじんかー、とあからさまにほっとするかわいらしい恋人の姿が漸く見えた。
「もう、無用心だなー」
「え??」
「こんな開けっ放しにしてたら誰かにやられちゃうよ?」
一発ぐさっ!てさ、って怖い顔をして見せたら、一瞬ひるんだ恋人はくすくす笑う。
「ばか仁、そんな怖い人ここにはいないよー」
「いや、わっかんねーよ?」
にや、とニヒルな笑みを浮かべれば、恋人は
「それでも今日でここへ来るのは最後だからもういいんだー」
と少し寂しそうに笑った。
大きな窓から照らす夕日が眩しい。
きらきら輝く恋人も眩しい。
(すげーきれえ・・・・)
「うん、俺もさっき、教室に別れを告げてきた、」
「ぶは、仁なんかそーゆーの似合わねえ、」
げらげら笑う恋人の手を引いて、うるせえよと抱きついた。
俺たちは今日、ここを卒業する。
ふたりが出会った思い出の場所。
最初のコメントを投稿しよう!