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「大きなルビーだ。近い将来、必ず彗乃の役に立つ」
彼方は強く俺を抱き締めてくれる。
それだけが今の俺の全てだった。
「今の彗乃は赤が駄目なんだ、持って帰ってくれ」
そう言う彼方の声も辛そうだった。
もう嫌だ、止めてくれよ。
言葉にならない想いが涙となって溢れ、流れ落ちて行く。
「いいや、あれは彗乃が持つ。それは決まっていることなのだ」
父さんがそう呟いた直後、瑶方の拳が父さんの顔にめり込んだ。
「もう貴方は用がない筈だ、お引き取り願いたい」
低い低い声。
瑶方が初めて真剣に怖いと思った。
本気で兄さんが怒っているんだ。
半ば引き摺り出されるように父さんは家から出て行った。
「彗乃、大丈夫?」
俺の額を持って来たタオルで冷や汗を拭いてくれる瑶方。
先程までの恐ろしさはない。
「大丈夫か、彗乃」
そう言う彼方も息が荒い。
彼は目の前で桃花の命が消えかかっているのを見ているんだ。
俺より大丈夫な筈ないのに、俺の心配ばかりして。
瑶方が弟二人を優しく抱き締めた。
「こんな頼りない兄さんでごめんね、彼方、彗乃。皆を守れなくてごめんね」
瑶方が初めて俺に見せた涙。
いつもニコニコ笑ってて。
怒ったり泣いたりするのはいつも彼方だった。
双子は必ずいつも対象的だった。
「泣くな、瑶方。お前は頼り甲斐のある兄ちゃんだと思うぞ」
彼方が瑶方の頭を撫でる。
彼の目はとても優しい。
「だから泣くな。お前、俺の兄ちゃんだろう」
「こんな駄目な兄さんでごめんね……」
瑶方はそう言って泣き崩れた。
きっと今まで泣くのを我慢して来たんだろう。
僕は彗乃と彼方の兄さんだから。
そんなの勝手に思って、辛い時も悲しい時も、ずっと隠すように笑ってたんだ。
泣く瑶方兄さんは今のいつもより小さく見えた。
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