序章

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夜明けの開門と同時に、住み慣れた町を出る。 ほぼ身一つといえるほど少ない必要最低限の荷物と、ひっそりと貯めてきた自分だけの財産だけを持って。 自由への希望と期待が、乳白色のベールに包まれる街道を踏み出す足取りを軽くするが、同時に罪悪感も常に己を苛む。 「引き返そうか」 そう何度も自分の内から迷う声が聞こえる。 そのたびに軽く頭を振り、必死に歩を進める。 それでも、ふとした瞬間に後悔の声が何度も何度も聞こえてくる。 「今ならまだ間に合う」 「騒ぎが大きくなる前に戻ったほうがいい」 その全ての声に耳をふさぎ、周囲の旅人のざわめきだけに耳を傾けて、まっすぐ前だけを見て進み続けた。 歩いて歩いて、そしてそのうちに忘れられればいいと願って。 しかし同時に、忘れられるはずもないこともわかっていた。 忘れてしまうにはあまりにも残してきたものは大きすぎた。 まだ幼い子供が手放しがたい大切なものと人、そして背負いきれないほどの責任までも残してきた。 いや、責任から逃げ出したというほうが正しいだろうか。 自分の心に、魂に偽ることが出来なくて、 課せられた責任を放り出して逃げてきた。 権力や家のための操り人形になりたくはなかったから。 自分が生きているということを忘れないために。 自分を偽らないために。 何にも恥じることなく、自分は自分であるとはっきりと顔を上げ、胸を張って生きていくために。 薄靄の時間の終わりを告げる強い風が吹き抜けて、過ぎて行く風を見送るように振り返る。 同じ町を出てきた旅人たちを見れば、皆何かに呼ばれるかのように足を止め、町を仰ぎ見る。 過ぎ去った風の遠く行く先には、 煙霧の残滓に霞む生まれ育った町。
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