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黒板にチョークで文字が書かれる。
黒板に大きく、
阪 東 千 夏
と書いた少女は、セーラー服のスカートを翻しながら振り向き、一礼すると、ややぎこちなくだが、はにかんだ笑顔をみせた。
すると、机に座っていた男子生徒達の間で、どよめきが起こった。
少女は美しかった。
「あー、静かに」
男性教師が、教壇越しに男子生徒達を制した。
「それでは阪東君、自己紹介を」
「ハイ」
少女は緊張のためか、呼吸を軽く整えて、話を切り出した。
「阪東千夏と申します。
父の仕事の関係で、こちらの四十七宮(よそなみや)市に引っ越してまいりました。
以前から引っ越しが多くて、こちらにも長く居られないかもしれませんが、時間の許す限り、一年A組の皆さんと仲良くしていきたいと思います。
皆さん、どうぞよろしくお願いします」
“長く居られない”のくだりで、再びざわめきが起こったが、自己紹介が終わると、それは拍手に変わっていた。
女子生徒の一人が質問した。
「ここに来る前はどこにいたんですか?」
「あ、ハイ。イギリスのバーミンガムに……」
今度は男女ともに“おお~!”と歓声が挙がった。
「今までに、どれくらいの国を周ってきましたか?」
「ええと……、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカのロス、フロリダ、アトランタ、アジアだと台湾、インド……」
国名が挙がっていく度に“おおお~~!!”と歓声が大きくなっていった。
「父の仕事で様々な国を周ってきましたが、やっぱり日本が一番好きです」
再び拍手が起こった。
「何か特技はありますか?」
「バカ、何ヶ国も周ってきたんだぞ? 語学とか……」
「あ、英語は大丈夫ですけど、それ以外はカタコトですよ。滞在期間が短いと、憶えるヒマがなくて」
「いやいやいやいや、カタコトだけでもスゲーって」
「特技というか、前の学校ではフェンシングクラブに在席してました」
ここで再び“おおお~~!!”と歓声が挙がった。
「そろそろ、いいか?」
男性教師は、話題で熱くなった生徒達に水を差した。
「それ以上の質問は、休み時間か放課後にしてくれ。じゃ、阪東君、とりあえず一番後ろの席に────」
その時、廊下から誰かがけたたましく走ってくる音が聞こえた。
音はだんたん大きくなり、一年A組の教室前で停まった。
その瞬間、教室の扉が開き、一人の少年が息を切らせて入ってきた。
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