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そうするとなにか物理的な理由でカプセルが光源から遮断されていると考えたほうがよさそうだ。当初想定していたよりも長い時間睡眠が続き、ホームが崩壊してしまったのかもしれない。階層を区切る超構造体が崩れて下階層バイオ区画の土中に埋まっているのかもしれない。
バイオ区画でハンティングや野営をするのは週末の楽しみではあったがそこで生涯を終えるのは真っ平ごめんだ。超構造体が機械蟲インセクトやロングレーンに削り去られたり風化して崩落したという話は聞いたことが無いからホームの瓦礫に埋まってしまっていると考えたほうが正しそうではあるが、それにしてはあまりにも闇が濃すぎる。
瓦礫の隙間から光が見えてもよさそうなものなのに視界を包むのは、扁平と例えて違和感の無い均一な闇である。眼を閉じた時ですらこんな暗闇を体感したことは無かった彼は、何も無い空間を漂う紫色の残光を眺めて平静を保とうと努力した。
残光はくねくねとねじれ回って妻の顔になった。そうだ、こんなところでじっとしているわけには行かない、きっと彼女も同じような暗闇で震えているに違いないのだから。瓦礫に埋まった彼女のカプセルを引っ張り出して、王子様のキスで彼女の眼を覚ましてやるのだ。
いつまでもじっとしているわけにはいかない。左右を確認するかのように首を左右させ、肘、肩を動かして腕をのたくらせながら手探りで開錠スイッチを探す。蓋をはねあげ二枚目をスライドさせるとLEDライトが点灯して手元を照らした、まだ電力は生きているようだ。
直径五センチにもみたない円形のスイッチを押せばこの密閉された空間から出ることが出来るかもしれない。だが逆に密閉されているからこそ生きていられるのかもしれない、カプセルを取り囲んでいるのがバイオ層の汚泥だったとしたら、或いは厚く降り積もった腐葉土だとしたら、もがきながら窒息した彼の体を下層分解者達にプレゼントするだけになる。
折れそうになる決意を何度も奮い立たせて、彼は遂にスイッチを押した。
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