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耳に響く不愉快な軋みは徐々に治まり、代わりに眼もくらむような光の線が彼の体を照らしてゆく。
隙間から飛び込んできたのは水でも泥でも瓦礫でもなく、彼が心から望み待ちわびていた光だった。意識のうちではほんの数十分にしか感じなかった長期睡眠だが、細胞の一粒一粒が光を求めていたようだ。
防御システムの警告音のように彼の心臓はすさまじい速度で脈打つ、暗闇に包まれ鈍っていた視神経を焼き尽くす光に戸惑い、彼は思わず顔を庇った。そして彼は己を取り囲む濃厚な空気に思わず顔を顰めて咳き込んだ。
なんだ、これは?生命維持装置によって浄化されたこの第八十階層のものとは思えぬ大気。清浄で無臭で希薄なはずが種々雑多な匂いと猛烈な濃度、長い眠りから覚めた彼にはあまりにも強烈な刺戟であった。
眼を瞑ったまま咳き込む彼の頬を叩く「何か」、わんわんと鳴り響くのは耳鳴りでもカプセルの駆動音でもない。宙を掻く様に腕を振り回し咳き込んで唾液を垂らしながら低反発ゲルにくずおれる。
意を決して緑色に焼けたままの目を薄く開けると、視界をふさぐ残光の端を埋め尽くすのは小さな黒い点の群れ。
彼は羽虫渦の真っ只中にいた。
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