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楓は手渡された木刀のずっしりとした重みに懐かしさを覚えた。
…中学時代の話。
中学に帰宅部はなく、必ずどこかの部活に入らなければならなかった。…その時、楓はなんとなく剣道部に入った。
やるからには一番でなければならない。
見栄っ張りで厳しい母と、当時一番が当たり前だった楓の考えだ。
運動神経が優れていた楓は初心者なのにも関わらず、ぐんぐんと上達し、二年に上がる頃には先輩方でも楓に勝てる者はいなかった。
そして夏休みの、ある日。…市の大会に出ることになった楓は思い知った。
いくら才能に優れていても、やる気のない私では、その一つに秀でていて、人一倍努力をしている者には敵わないのだと。
その大会の結果は準優勝だった。
その後は母に叱られて罵倒され、豆が潰れるまで。手の皮がずり落ちるまで、永遠と機械のように木刀の素振りをさせられた。
今となっては馬鹿らしい話だ。やる気のない者が強くなどなれるはずがないのに。
あの時、私は少し足りとも“悔しい”などと思わなかったのだから。
「木刀…ですか」
嫌な思い出しかない木刀に楓は、ぽつりと呟いて、顔を強張らせた。
その呟きを耳にした沖田が可笑しそうに頬を緩まる。
「そうですよ!流石に私は箒では戦えませんからねぇ。くくっ」
「っ!あ、あれはっあの時、使えそうなものがそれしか無かったから…仕方なく…」
その時のことが可笑しかったのか、沖田は声を殺して喉でくつくつと笑う。
楓は笑われていることに恥ずかしくなって、言葉を窄めながら耳を赤くした。
自分でも可笑しな格好だとは思っていたのだ。
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