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「で」
話を変えんと開かれた唇は、嫌悪と僅かな諦めでヒクリと釣り上がる。
「何故君の背後にべったりと、某国皇太子が張り付いているのかな? ご隠居君」
「気にするな。笑いたきゃ笑え」
「えぇえっ!? 何それ、ベルト酷くない? あし、出来るかぎり愛を伝えようと一生懸命なンに」
「……あの」
「皆まで言うな。頭が沸いているのだ」
畳みかけるように紡いだ兄は、心底嫌そうに煙りを吐き出した。
青年の言葉の通り、踏ん反り返る兄の背後には、べったりと張り付くように成人男性がくっついていた。
名を、フォレスト。
南の海運大国、フローヴァン皇国正式な皇太子である。
かつて僕が幼い頃、それまで世話をしてくれた姉やを、兄が突然罷免にしたことがあった。
突如空いた穴埋めに、兄の乳母がついてくれた。
主が戦場に行って手持ち無沙汰だった彼女は、これぞ好機と兄の話をしてくれた。
「ほんとは言っちゃだめなんだけどね」で始まる兄の武勇伝は、ただでさえ怯え切っていた僕に、ほんの少し、兄に親しみを持たせてくれた。
――すぐさま叩き崩されるのだが。
兄には、幼なじみが二人いる。
まだ彼らが幼かった頃、微妙なパワーバランスを保つ口実に、三年のスパンで国の跡取りが差し出された。
西のスヴェロニア帝国王子カミーユ、
東のベルンバルト王国第一子アーデルベルト、
そして南のフローヴァン皇国皇太子フォレスト。
留学の名目で、一年ずつ各国を巡った子供たちは、親の醜い意図を置き去りに、深い交遊を結んだらしい。
それを知る民らは、彼らに願った。
将来、この子らが互いに紡ぐ歴史が血塗られたものではありませんように。
僕には想像がつかない、兄の幼少時代。
無邪気な交流を結んだ幼子たちは今、幾年が過ぎ、実際国を担うのはベルンバルトの乱神、アーデルベルトのみなれど、未だパワーゲームは終わっていない。
彼らは意図せず、歴史に飲み込まれたのだ。
兄は非情の戦神に。
文化立国スヴェロニアの王子は、実権を握る母君に頭の上がらずとも、恐ろしいまでの策略家。
海運大国フローヴァン皇太子はというと、
「でも、今回のことで、よぉわかっちょぉが。ベルト、漸くあしンとこの嫁に来る気にな、」
「ならねぇよ! しつこいなぁ!」
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