2章:国と国とを背負う者

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キョトリと目をしばたかせる一同を一瞥し、先客の正体に鼻を鳴らした。 扉の隙間、かいまみえた廊下には、衛兵が点々と散らばっている。 彼を止めようとしたのか、いやはや……。 血の気の多い顔に振り向かれ、兄は大仰にため息をついた。 戦場でもあるまいに。 紡がれることのない言葉は、薄い唇だけを動かし、しかし真意を伝えるに十分すぎた。 「ベルト、アレはどういうこった!」 声を荒げた男に、兄が侮蔑の目を向ける。 「そのままの意味だよ、ハインリヒ・ビットナー将軍」 「俺が聞いているのは、《何故》そんなことをする必要があるのか、だ! 俺は、王位継承なんぞ、認めん。 各軍内外からも不満の声が上がっている。 これは、指揮権を持つ俺――ひいては、北方軍総意だ」 「深呼吸しなよ、鼻血出るぞー」 暢気に上がった声は、兄にへばり付く皇子。 まるで汚いものでも見る如く視線をくれて、男――ビットナー将軍は舌打ちした。 「テメェは黙れ、卑怯者。どうせお前らは、自分の国だけよけりゃいいんだろ」 「ハインリヒ、口が過ぎるぞ」 「お前は何とも思わないのか、アーデルベルト! 奴ら、地理的に俺達が防波堤になっているとはいえ、国に引きこもったまま支援もしない、派兵もしない! それで困ったらうち頼み? ふざけんじゃねぇ」 「引きこもってないよぅ。外交も貿易もちゃァんとやっちょうし。ただ軍事中立なだけで」 「それが釈にさわるんだ! 困った時は他人頼みで、そのほかは対岸の火事なんだろ」 「それが独立国家だ、ハインリヒ。彼らには彼らの言い分がある」 「そうですね、今回ばかりは同意しましょう、ブライトクロイツ陛下。 それを理由にフローウァンへ戦争でもしかけたら、それこそ野蛮人種だ。 それより、ビットナー将軍? 貴方は、この暴君に意見を求めにいらしたのでは?」 絶対の信頼を置く兄どころか、隣国の王にさえ非難され、頭に血が昇ったのだろう。 ハインリヒ将軍は、悠然と佇む隣国代表につかみ掛かった。
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