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目を閉じた。
絡み合う思惑が、心臓をがりがりと掻き乱す。
こんな恐怖、久しく忘れていた。
影がゆらり、揺らめいた。
頭上に両手が掲げられる。
その先でキラリ、光る黄金。
「我らが神の子に、数多の幸福と加護を!」
空気がざわめいた。
王座を得る者、栄光を手にした者、賢者、聖者、英雄に豪族。
その手に煌めく名を頂いた彼等を前に、全身が震えるのを感じた。
アレだ、アレだ、アレだ!
神よ、我を守りたまえ。
この卑屈な身を引き裂く獣を、なんとかしておくれ!
奔流を打ち壊し、王座の兄が剣を打ち鳴らした。
打ち付けられた床は、遥か南方から運ばれた輝石て、王座を取り囲むように配された三頭の獣。
この城を移築した祖父が、記念にと遥か西から頂いた神獣に守られた王座から、朱色の絨毯が延びている。
立ち上がった兄は、慣れた手つきでマントを振り払い、足を踏み出した。
「宰相、もうよい」
「しかし、任命がまだ……」
「飽きたんだ。お前の話は長い。長すぎる。要するに、神に使え、逆らうことなく敵を討ち殺せということだろう?」
「そんな、野蛮な」
「しゃらくせぇ。俺らの祖先は、《聖戦》の志士だぞ。なんらおかしきゃねぇじゃねぇか。しかも、残念。そン時ゃ、永遠を誓った神すら違った」
「それは……」
「つまらん御託はいらねぇよ。あるのは、国、国民。だったら、それだけに尽くせばいいんだ。神だの祖先だの、糞くらえだね。おっちんじまったら一緒さ」
おどおどとたじろぐ宰相を省みもせず、兄は己の道を辿る。
十五の成人。
その直後、僕が産まれた。
コピーである僕。予備である僕。
先帝が死に、それから何度、彼はこの道を辿ったのだろう。
国を司るは、王。そして、国民。
二つを繋ぐ、血色の道。
横を通り過ぎる時、己の脆弱さを笑われた気がして、血の気が引いた。
兄が初めてこの道を踏み締めた時、彼はただ一人だった。
ただ一人の、後継者だった。
唯一は人を強くするのだろうか?
それとも兄も、この屍道を恐れ、怯えたのだろうか。
ふらふらと立ち上がる。
顔など上げられない。
巨大すぎる背を追って、重い足を無理矢理に進める。
主役は僕だ。
不本意ながら、僕なのだ。
背後では、参列者の波が静々と引いてゆく。
先行く影を辿り、バルコニィへと続く廊下を進む。
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