1章:混沌の聖地

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目を閉じた。 絡み合う思惑が、心臓をがりがりと掻き乱す。 こんな恐怖、久しく忘れていた。 影がゆらり、揺らめいた。 頭上に両手が掲げられる。 その先でキラリ、光る黄金。 「我らが神の子に、数多の幸福と加護を!」 空気がざわめいた。 王座を得る者、栄光を手にした者、賢者、聖者、英雄に豪族。 その手に煌めく名を頂いた彼等を前に、全身が震えるのを感じた。 アレだ、アレだ、アレだ! 神よ、我を守りたまえ。 この卑屈な身を引き裂く獣を、なんとかしておくれ! 奔流を打ち壊し、王座の兄が剣を打ち鳴らした。 打ち付けられた床は、遥か南方から運ばれた輝石て、王座を取り囲むように配された三頭の獣。 この城を移築した祖父が、記念にと遥か西から頂いた神獣に守られた王座から、朱色の絨毯が延びている。 立ち上がった兄は、慣れた手つきでマントを振り払い、足を踏み出した。 「宰相、もうよい」 「しかし、任命がまだ……」 「飽きたんだ。お前の話は長い。長すぎる。要するに、神に使え、逆らうことなく敵を討ち殺せということだろう?」 「そんな、野蛮な」 「しゃらくせぇ。俺らの祖先は、《聖戦》の志士だぞ。なんらおかしきゃねぇじゃねぇか。しかも、残念。そン時ゃ、永遠を誓った神すら違った」 「それは……」 「つまらん御託はいらねぇよ。あるのは、国、国民。だったら、それだけに尽くせばいいんだ。神だの祖先だの、糞くらえだね。おっちんじまったら一緒さ」 おどおどとたじろぐ宰相を省みもせず、兄は己の道を辿る。 十五の成人。 その直後、僕が産まれた。 コピーである僕。予備である僕。 先帝が死に、それから何度、彼はこの道を辿ったのだろう。 国を司るは、王。そして、国民。 二つを繋ぐ、血色の道。 横を通り過ぎる時、己の脆弱さを笑われた気がして、血の気が引いた。 兄が初めてこの道を踏み締めた時、彼はただ一人だった。 ただ一人の、後継者だった。 唯一は人を強くするのだろうか? それとも兄も、この屍道を恐れ、怯えたのだろうか。 ふらふらと立ち上がる。 顔など上げられない。 巨大すぎる背を追って、重い足を無理矢理に進める。 主役は僕だ。 不本意ながら、僕なのだ。 背後では、参列者の波が静々と引いてゆく。 先行く影を辿り、バルコニィへと続く廊下を進む。
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