1章:混沌の聖地

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これが忌むべき王家の膿ぞ! やめろ、やめろ、やめてくれ! そんなこと、僕が一番分かっている! この兄、この背の前には、 霞みかける視界。 折りかけた膝を何とか持ちこたえたのは、かの絶対神が振り向き、蒼き瞳で心臓を射たからだ。 不正を許さぬ目、弱さを許さぬ光。 日の下へ出ると、栄光は冴え渡る。 焼けた肌――戦時を翔ける。 輝く瞳――拝借に罰を与えんがため。 にいやり笑った口元には白い犬歯が覗き――神をすら食い破り、血に染める獣。 兄は、手にした剣を薙ぎ払った。 「クラウスよ、よく目に焼き付けろ。これが全て、お前のものだ」 舞う極彩色は散らされた紙片。 あれが全て? あれは兄のものだろう。 僕ですら、兄の。 僕に与えられたものなど、一つとしてありはしない。 バルコニィの外角に寄り添った兄が、剣を構え直す。 キチリ、繋がれた白銀の鎖が音を立て、人波がどよめいた。 彼は神、兄は守(かみ)。 絶対にして、絶望の、 「我が弟にして、ベルンバルト王子、クラウス・ブライトクロイツの成人に際して、神神の輝かしき祝福あらんことを!」 波が揺れた。 人民が吠える。 諸国の主どもが膝を折る。 さぁ、差し出された手に逆らうことなど出来ず、僕は恐ろしき舞台へと引き出される。 溢れる色彩、手先から伝わってくる体温、絶望の色。 逃げられぬ、逃げること叶わぬ願い。 色すら亡くしているであろう僕の様を眺め見、兄は満足に目を細めた。 まるで、ようよう肩の荷が下りるように。 まるで、長らくの悲願を果たせるように。 この時、気付けばよかったのだ。 今思うと、あの時程(兄らしくない兄)を見たのは初めてだった。 神よ、 この国を統べ、 この国の全て。 大きな獣は、再び牙を剥いた。 高らかに告げられる、 審判の時。 「諸君!」 辺りが一斉に静まり返った。 それはそうだ。そんなプロット、何処にも存在しない。 「よく聞きたまえ。現行、長らくこのベルンバルト、及びブライトクロイツ家は、家長たる俺が仕切って来た。それは皆、承知の通りだ」 灰の街に、光と同等の声は、鋭く、朗々と通る。 恐らくこれが神自身による訓示だと、皆分かっているのだ。
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