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手術の間は長かった。
弟の哲と廊下の長椅子に座ってただ無言で時間を費やした。
父は落ち着きなく、歩きまわっている。
哲がおもむろに口を開く。
『俺たちが小さかった頃、母さん一番パワーあったよなぁ。特にねぇちゃんに対してはスパルタでさ』
『うん…』
『受験の時はすごかったよなぁ。母さん片手に定規を持って、ねぇちゃんが間違える度にバシバシだもんなぁ』
『…うん』
『ねぇちゃん、右手が真っ赤に腫れてよく俺が氷持ってきてなぁ…』
『そうだったね』
『一緒に冷やしながら寝た。でも、ねぇちゃんは母さんには文句も言わず、なんで間違えるのかなって言ってた』
『そうだったかな』
『俺さ、見たんだよね。母さん、父さんとケンカしたあといつも泣いてた。夜中にはねぇちゃんの右手をさすりながら、ごめんって言ってた』
『そうだったんだ…。知らなかった』
『ねぇちゃん、母さんの事どう思う?』
『どうって?』
『なんて言ったらいいのか分かんないけど…母さんもかわいそうな人だな』
『…そうかもね』
あたしは、右手の甲をそっとさする。
そういえば、最近は痛む事なかった。
もう、大丈夫だよ、お母さん。
きっともう大丈夫なんだよ。
『終わったようだよ』
父の声が聞こえた
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