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今にも雨が降りそうな薄暗い日だった。
短大を卒業して地元の企業へ就職したあたしの仕事は主に納品書のチェックと受付だ。
受付は人員削減の為に来客がチャイムを鳴らすようになっている。
我が社では、通常新入社員がやる事になっているが、去年入社してきた由美ちゃんは茶色の髪をクルクルと指で巻きながら、
『あたし出来ませぇーん』
と言った。
お局と課長は最後まで言い争っていたが、結局社長のコネで入社したのが効いたのか課長はそのままあたしにやるように下した。
大半が毎日来る宅配便や郵便、それに社長宛ての銀行の営業マンだ。
毎日の事だからさすがに名前と顔が一致する。
それ以外は、課長か直接名指しされた営業マンに取り次ぐ。
その日の昼すぎからとうとう雨が降り出した。
傘立てが出てなかった事を思い出したあたしは、奥から受付前まで移動した。
これは、今週掃除当番の由美ちゃんの仕事だ。
顔を上げた瞬間、誰かが雨の中を小走りに来るのが見えた。
風貌が見当たらない。
おそらく、初めて我が社に来る人だろう。
ストックのタオルを用意し、彼が上がってくるのを待ち、名刺を預かり椅子を勧めた。
担当者を呼びにと立ち上がった時、『あの…』
と呼び止められ、次の言葉を待つ間、初めて彼をちゃんと見た。
少し染めている髪は嫌みな色ではなく、スーツは細身のデザインで薄いグレーがよく似合っている。
第一印象が重要な営業マンとしては、合格だと思った。
『ボク、雨男なんです。』
『…えっ?』
聞き返すあたし。
『いぇ、初めて行く所の時はいつも雨が降るんです。…タオルありがとうございます。』
そう言ってニッコリと笑った。
あたしは、軽くおじぎをして担当者を呼びに行った。
タオルを差し出す事は初めてではないが、彼と雨男があまりに似合わず、なんだか笑った。
名刺から、彼の名前は『足立悠太』で建築デザイン会社の営業だとわかったが、私の中では雨男になった。
数日後、雨男は現れた。
担当者が来るまでの間、なんとなくあたしは
『今日は良い天気ですね』
と話かけた。
雨男は、
『二回目からは雨が降らないんですよ、不思議な事に』
と笑った。
『今、御社の伊藤さんと今度駅前に建つビルの打ち合わせをしてるんです。これからちょくちょくお邪魔すると思うので、宜しくどうぞ』
と挨拶後、失礼ですが…とあたしの名前を聞いた。
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