香る

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【香る】 入学式に新入生歓迎会、平行して学園祭の準備。新学期の生徒会は忙しい。 けれどクロムが始めその香りに気付かなかったのは、感覚まで忙殺されていたわけでも、生徒会室の人の出入りが激しいからでもない。 書棚に引っかけて取れかけたボタンを気にしていたら、直しましょうかとブレザーのポケットから小さな裁縫セットを取り出して見せたテオ。 少し意外な気もした。そそっかしい彼女はすぐに指が血だらけになるのではないかとすら思ったが、予想に反して指先の動きは落ち着いている。 そのテオが、最後に糸を留めようと顔を近づけてきた時に、ふわりと空気が動いて初めて気がついた。 それまで全く意識できなかったのは、それが自分と同じ香りだったからだ。 「ブルガリプールオム」 「終わっ……え?」 「香水。同じですね」 「あ」 特に他意はなく、ただ気付いたことを口にしただけだったのだけれど。 頬に赤みが差し、次いでぎこちなく俯くのを見て、思わぬ真意を察してしまった。 「わざわざそれを選んだんですか」男物の、香水を。女性の愛用者が多いことも知ってはいるけれど。 彼女は普段、明らかに女性用の物を使っていた。少しのスパイシーさを含んだ爽やかな香りの、薄いピンクの香水だ。 「ええと、その、最近、忙しかったので」 「そうですね」 「何というか、その……」 ちらりと見上げる上目遣いは、女の媚というより子犬の媚に近い。怒らない?と問う円らな瞳に、苦笑して小さく頷き先を促す。 「ゆっくりご一緒する機会もなくて淋しかったので、魔がさしまして。あの……い、一緒にいるような気に、な、なれる、かな、とか……」 「なれましたか?」 「……本物には敵いません」 そそくさと針をしまい、周囲に人の目が無いのを確かめてから、ぽすんと腕の中に飛び込んでくる小さな体。 馴染んだそのサイズを抱きしめてみれば、同じ香水でも彼女の体温に溶けたそれは自分とはまた少し違った風に香っている。 「今日は一緒に帰りましょうか」 「ほんとですか?」 「何なら、シャンプーもボディーソープも同じものを使ったら、もっと一緒にいるような気になれると思いますよ」 「……え、と…………そ、れは……そのぅ……」 ますます真っ赤になる様子を見て、思わず笑い声が漏れた。
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