『現在』――チャンス

2/2
前へ
/36ページ
次へ
「まだ、過去をやり直したいと思っているかい?」  会社帰りの紗枝を呼び止めた男は、唐突にそう言った。  周りが暗いので顔はよく見えないが、会うのは初めてではない気がした。  しかし、誰なのか思い出せなかった。  怪しいとは思ったが、危険だとは感じなかった。 「はい」  気づくと、紗枝はそう答えていた。 「……本当に、やり直せるなら」  その答えに満足したように、男は頷いた。 「それなら、これを使うといい」  そういって男が紗枝に手渡したのは、小さな銀色のケースだった。  開けてみると、中には一粒の錠剤が入っていた。 「なんですか?これ」  紗枝が尋ねると、男は一言、 「望みを叶えてくれるものだよ」 とだけ言った。  紗枝が何も言えずにいると、男は笑って言った。 「怖いなら、使わなくても構わないからね」  そして、こう付け加えた。 「でも……これだけはわかってほしい」  その顔は、真剣そのものだった。 「死者は蘇らない……絶対に」  紗枝が顔をあげると、男は微笑んだ。 「効果は24時間。チャンスは1度きりだ」  健闘を祈る、と男は言った。  そして、紗枝に背を向けて歩き始めた。 「あの……!」  紗枝は思い切って呼び止めた。 「どうして……こんなものを私にくれるんですか?」  男は振り返った。 「……そのうち、わかるよ。きっと」  そして、今度は本当に紗枝の前から去っていった。  あとには、紗枝と薬だけが残された。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加