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嘘じゃなかった……。
紗枝は薬をくれた男に感謝した。
母の鼻歌と共に、コーヒーの香りが漂ってきた。
雅樹を起こさないよう、そっとベッドを降りて、キッチンへ向かう。
母は2つ目のマグカップにお湯を注いでいるところだった。
紗枝が後ろにいることに気づいたのか、母が振り返った。
「あら紗枝。おはよう」
おはよう、と紗枝が返すと、母は「今日は早いね」といって微笑んだ。
いつもは2人とも母が起こしていた。
母は毎朝、手作りのコーヒー牛乳をいれてくれた。
インスタントのコーヒーを薄くいれて、それに牛乳と砂糖をたっぷり混ぜたものだ。
分量なんて量ったことはない、と母はよく言っていた。
実際紗枝の家には、はかりもなかったし、計量スプーンすらなかった。
それでも、母の作るコーヒー牛乳はいつも同じ味だった。
そして、紗枝も雅樹も、母のコーヒー牛乳が大好きだった。
「もうすぐ朝ごはんできるから、顔洗ってきなさい」
紗枝は素直に返事をして、洗面所に向かった。
実は、母の雅枝(マサエ)も、紗枝が19歳のときに病気で亡くなってしまうのだ。
しかし、余命3年と先に宣告されていたため、「残された時間を無駄にすることなく過ごすことができた」と死の直前の雅枝は言った。
そして、「唯一の心残りは、雅樹のこと」とも言った。
それは、家族の誰もが感じていることでもあった。
さらに、父は母の葬儀が終わると、突然蒸発してしまった。
紗枝はその頃、既に1人暮らしをしており、生活に支障はなかったのだが、たった1人の肉親と離れてしまったショックは大きかった。
しかし、今まで同様、毎月紗枝の口座に振り込みがあることや、父本人の置手紙の希望により、捜索願は出さなかった。
どこかで生きていることは確実なのだから、それだけでもよかったと思うしかなかったのだが……。
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