プロローグ

3/3
23727人が本棚に入れています
本棚に追加
/789ページ
「…くっくっ、嘘じゃありませんよ。隣の女に聞いてみてはどうですか?」 ギュッギュッと踏み固める範囲を広げていく。 『この子が産まれれば、この家にあなたは必要じゃなくなるわね』 あの女の甲高い声がする…。 そうだ、自分の居場所は自分で守らねばならない。 例えその子供が……。 「そもそも、よく考えてみて下さい。計算が合わないでしょう? その女が妊娠した時期、あなたは何処に居ましたか?」 その時期、学会やら海外研修で父は長く家を空けていた。 あいつは高校を出るのと同時に家を出たきり、家にはほとんど顔を見せてはいない。 その頃、屋敷に戻っていたのは私だけ……。 「年老いたあなた何かより、若くて綺麗な男が好きなんですよ、その女は。 ……あいつや私のようなね」 あいつは今、幸せだろうか? あいつなら、意図も簡単に立派な雪だるまを作り上げるのだろうな…。 私はお前が、ずっと羨ましかったんだよ。 「……父親は誰かですって? そうですね、間違いなく私でしょうね。 …毎晩、激しく求められていましたから」 あいつは、 あの時、助けてやれなかった私を憎んでいるだろうか? 手を差し伸べてやる事も、 一緒に遊んでやる事もしてやれなかった、非力なこの兄を…。 『あの子の方が可愛かったわ』 またあの女の声が木霊する。 私は何も告げず、冷静さを失って怒り狂う父との通話を切り、雪に埋もれた駐車場を目指した。 長く外に居たせいで手足の指先がかじかむ。 冷え切った車に乗り込んで、 白い息をひとつ吐き出した。 何処か遠くで、 救急車のサイレンがけたたましく鳴り響くのを感じる……。  
/789ページ

最初のコメントを投稿しよう!