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「ただいま……って、あれ?」
2時間程の残業を終え、彼女の待つ部屋へと帰って来たのだが、肝心の彼女の姿がない…。
いつもの様に尻尾を振る子犬のお迎えを期待したのだが、
リビングの扉を開けても、その子犬は姿を現さなかった。
玄関には彼女のパンプスが行儀良く揃えて置かれ、
キッチンからは支度の整った、ヨダレが垂れそうな夕飯の良い香りが漂っている。
彼女と暮らし始めて一週間が経ち、俺の心は溢れそうな幸福感で満たされていた。
食事はどちらからともなく、
帰宅時間やお互いのリクエストに応じてどちらかが主導権を握り、もう片方がそれを補佐する流れだ。
まぁ、大抵の場合は彼女が主導権を握り、俺は何の役にも立っていないのだが…。
「……まさか、また?」
部屋に居る事は間違いない。
ならば、いつもの場所か…。
おもむろに鞄を放り投げ、
立て掛けられた白い階段を昇る。
「…くすっ、やっぱり」
彼女のお気に入りの場となったロフトを覗くと、
天窓下に置かれた赤いソファーの上で、俺の可愛い子犬が丸まって寝息を立てていた。
「…ぷっ、気持ち良さそう」
床には柔らかそうな黒の毛糸玉が転がり、編みかけの何かが彼女の手から滑り落ちている。
『もうじき美奈子ちゃんの誕生日なんです♪
…そのプレゼントにと思って』
嬉しそうに眼をしばたいて、
視線を泳がせてたっけ…。
「…美奈子ちゃんにはピンクとかの方が合うと思うんだけど?」
しかも何を編んでるのか、やけにデカい。
相変わらず彼女の行動は予測不可能で、俺の頭に“?マーク”を並べさせる。
「…芽依ちゃん、風邪引くよ?」
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