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これまで動きを見せなかった老人が、ゆっくりと立ち上がる。
そして人気の無い道を歩き始めた。
腰を曲げ、左の足を引きずりながら歩く。
スズズ…スズズ…と音を立てながら、老人は闇を進む。
歩いた後には、滑りのある筋が残されていた。
老人はゆっくり一定の速度で暫く進んだ後、ある建物の前で歩みを止めた。
それは二階建てのコンクリートの建物だった。
二階の窓から淡い光が漏れている。
曇りガラスの扉を開けて、老人は建物の中へと進んだ。
階段を一段一段上る度に、床が軋む音がした。
上りきった後、灯りに引き寄せられるように、老人は目の前の扉をゆっくりと開けた。
部屋は薄暗く、狭かった。
辺りにカビくさい臭いが漂う。
殺風景な部屋の、開けた扉のすぐ前に、白い正方形の机があった。
その上には、着物姿の子どもの日本人形が置かれていた。
人形は扉に向かって正面を向いている。
老人は開けた扉を背に、人形の前に立った。
すると、薄暗い電気に照らされた人形が、まばたきをする。
そして老人に向かってこう告げた。
「ようこそ、小津探偵事務所へ」
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