菊実

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母は大きく息を吐いてから、私にあえて聞こえるような独り言を言う。 「今日も疲れたわ」 母の向かったキッチンから、仕事で使った皿を何枚も棚に重ねてしまっている音が聞こえた。 そしてこの後、決まって同じ言葉を放つんだ。聞き飽きたあの言葉を。 「菊実も遊んでばかりいないで、仕事の事少しは真面目に考えなさいよ。もう日にちも無いんだから」 やっぱり。思った通り。 母は皿をしまいながら話を続ける。 「私が菊実くらいの歳には、仕事内容もしっかり身につけて、立派に外へ出る準備はできてたわ」 「何が立派よ。毎日毎日こんな遅くまで……男に媚び売ってるだけでしょ」 私は母に背を向けて言い返した。刹那に背後から耳を突く声が届く。 「何てこと言うの。菊実、いい?この仕事はね、お祖母ちゃんの、そのまたお祖母ちゃんの代からずっと続いてる由緒正しい仕事なの」 聞き飽きたセリフにウンザリする。 「二十歳になったら、菊実がこの仕事を継ぐんだからね。どうするつもりなの?仕事内容も覚えないで。あと半年も無いのよ」 私は雑誌を床に叩き付けて立ち上がった。 「仕事、仕事って。客の前でお皿を数えるだけでしょ。そんなの覚えなくたってすぐに出来るわよ」 私の声にディッシュが目を覚ましてしまった。心配そうに私の顔を覗いている。 母の表情が、怒りから悲しみに変化したのがわかった。 それでも私は続ける。 「もう、今時そういう仕事は流行らないの。時代遅れなのよ」 私の家は代々、兵庫県の姫路にある井戸で、客が来る度に皿を数える仕事を営んできた。
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