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次の瞬間、空気抵抗を減らす為、バイクのカウルにもぐり込む様に伏せていた、カラスの上体がガバと起き上がった。
厚い皮の生地で作られたツナギが風圧をもろに受け、まるで木綿の様にバタバタとはためく。
右手でブレーキレバーを折れんばかりに握りしめ、左手の中指でシフトレバーを軽く叩く様に操作し、左足の爪先でシフトダウンし、右手はその間にエンジンの回転数を合わす為、ブレーキレバーを人差し指と中指で握ったまま手首を回転させ、アクセルレバーを2回ふかす。
その間に尻をシートの右にずらし、左足の太股でシートを引っ掛ける様な体勢になるように重心を移動し、右足を三角に張りだし、ヘアピンカーブをハングオンでフルバンクさせる為の体勢を作っている。
描写すると長いが、フルブレーキングからフルバンクまでの約1.5秒間の間にこれだけの作業をこなしているのである。その姿はさながら激しくリズミカルにドラムを叩くドラマーの様だ。
次の瞬間バイクはフルバンクに入っていた。
前輪と後輪が同時に流れ、バイクが真横になったまま道の端まで滑ってくる。
「あかん!はっついたやん」
ギャラリーの中の一人が悲痛な声で叫んだ。
貼っつく、そう、普通のライダーの常識からすれば、今のカラスは正に転倒した状態なのだ。
そしてこのスピードから転倒すれば、命に関わる負傷を負う事は避けられない。
しかしカラスは転倒しない
路面にべったりとついた右膝で支えられながら、横滑りするバイクは少しずつ前方向への推進力を取り戻し、コーナー出口へとするすると向かって行く、!
クリッピングポイントを過ぎ、寝ていたバイクが半分程起き上がると、直ぐさまアクセルを全開にするカラス、再度後輪が大きく外側に振り出される様にスライドし、バイクが完全にコーナー出口をむき、そのままロケットの様にヘアピンカーブを脱出してゆく。
転んだと思って見ていた者達はこの時初めて全てが計算されたバイクの挙動だった事を知る。
声も出ない。
コーナーを立ち上がり、厚い皮つなぎの袖を風圧でばたつかせながら遠ざかるカラスの背中を皆惚けた様に見るばかりだ。
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