奥多摩伝説

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「おい、みんな戻ってきちゃったよ、どうしたのかなぁ」 初めて奥多摩に来たらしいライダーが戻って来た常連ライダーの一人におそるおそる尋ねた。 その常連はコーナーの出口に目をやったまま面倒そうに答えた。 「……千葉のカラスが来るんだよぉ」 「へ?千葉のカラスって……」 その男が聞き返すと、常連は横目でじろりと男を見て吐き捨てる様に言った。 「はぁ~?、千葉のカラスを知らねぇの~、おい!みんな聞いてくれ、此所にとんでもねぇもぐりがいるぜぇ、このルーキーさんは千葉のカラスを知らねぇとさ」 「はぁ~?」 周囲の目がそのルーキーの男に集中する。 異様な重圧感にルーキーはおどおどし、目が泳ぐ。 「千葉のカラスったらな、関東近辺の峠族の中では知らない者はいねえって言われてる伝説のカリスマライダーの事よ」 常連の中の一人がカラスの事を言葉すくなに説明するとそれに呼応する様に一人、また一人とぶつ切りの情報をルーキーに与えていく。 「真っ黒のメットにスモークシールド、奴の素顔を見たものはいねえ……」 「真っ黒なつなぎに真っ黒なブーツ、真っ黒な手袋、とにかく全身黒ずくめよ」 「おまけに乗ってるマシンが真っ黒なGSXR400」 「奥多摩で奴と張ろうなんて気を起こす奴は一人もいねえ、みんなギャラリーに回って奴に喝采を送るんだ」 ルーキーは先輩ライダー達が一言ずつ説明するたびに、いちいちかしこまった様に大仰に頷く。 遠くの方から90度V型二気筒エンジン、通称Lツインエンジン独特の野太い排気音が聞こえて来る。 1978年 マン島TTF1レースでマイクヘイルウッドが駆るドカッティが宿敵ホンダのRCBを押さえて悲願の優勝を果たしたのを記念して作られた限定モデルNCR-900SS マイクヘイルウッドレプリカがゆっくりと走って来る、ロンパリドカだ。
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