春の公園

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桜が満開の晴れた日の公園は、 我も我もと花見のしゅんを逃したくない人々でごった返し、賑わいを見せていた。 いくら大勢の人間が限られた桜の下に集まろうとも、 それぞれ行儀よく自分達の居場所を確保しており、決してぶつかったり、割り込んだりして嫌な思いを味わうことはない。 それが日本人の伝統に宿る奥床しさなのだろう。 介護ヘルパーに手を引かれてやってきた水上しげ(ミナガミシゲ)は、桜の枝がしなだれ、今にも頭にかかりそうなベンチに腰を下ろしていた。 夫に先立たれてから八十半ばを越えるまでは、何とか息子や孫の世話にならずに一人でやってきたが、 最近めっきりと足腰が弱くなった。 目もあまりよく見えない。 白内障というやつで、手術をすれば多少は見えるようにもなるそうだが、 糖尿病の合併症を恐れて医師もあまりすすめはしない。 しげはそれでよいと思っている。 自然に見えなくなったのならそれでいいじゃないか。 いまさら見えないものを見えるようになりたいとも思わない。
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