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花緋は間合いを詰めると同時に刃を返す。
「壬生浪士組の名に於いて、成敗致します―…」
低い、しかし透き通った声で花緋は囁くように言った。
そして慌てて刀を振り被ってきた男の攻撃を絶妙な力加減で受け流すと、それによってバランスを崩した男の鳩尾めがけて刀の背を力の限り叩き込んだ。
ゴリッという嫌な感触が刀を伝って花緋の手に届く。
峰打ちですら―…こんな嫌な感触がするものなのか…?
もし刃を返さずにこの男を斬っていたとしたら一体どれほどの―…。
完全に白目を剥いて地に伏した男を尻目に、花緋は自分の持つ刀の刃を見ながらそんな事を考えてゾッとした。
しかし、花緋がそうやって気を抜いてしまった一瞬―…、事態は急転する。
「な、何するんだよ!!離せっ!!」
「…っ!?」
後ろから少年の喚き声がして、花緋は慌てて振り向く。
「…っ、一体どこまで腐ってるんですか…!!」
振り向いた先にあったのは少年の後ろに回って首に刀を突きつけているもう一人の男の姿。
花緋は悔しげに下唇を噛み締めた。
男はげびた笑いを浮かべて厭らしく口角をつり上げる。
「浪士組だか何だか知らねぇがなァ、この餓鬼を斬り殺されたくなけりゃあ刀をこっちに捨てろ!!腰の脇差しもだ!!」
「くっ…!!」
少年の命を引き合いに出されては言うとおりにするしかない。
花緋は手に持つ刀と、腰に差してあった脇差しとを男の方へ投げ捨てた。
男はニヤリと顔を歪ませると足でその刀を遠くに蹴り飛ばし、濁った目で花緋を一瞥する。
「刀さえなけりゃてめぇみたいな餓鬼、何にもできねぇだろ?」
少年に刀を突きつけたまま男はじりじりと花緋に詰め寄る。
――何か、何か策はないか―…!?
迫り来る男を見据えながら花緋は、頭をめぐらした。
その時だった。
男の体がぐらりと傾き、そのまま崩れ地に伏した。
男の持っていた刀が手から離れ、音を立てて地面に落ちる。
「え?え?」
いきなり男の手から解放された少年は訳が分からず、キョロキョロと辺りを見回した。
そして、花緋は崩れ落ちた男の後ろから覗いた姿に思わず顔を綻ばせた。
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