“始”

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「あっ、ちょっと待てよ!!まだお礼も何も言ってないのに!! …っああ、もう!! 兄ちゃん達ー!!ありがとうなー!!」 話を聞かない兄に抱えて連れて行かれた鉄と呼ばれた少年は、花緋達に向かって大きく手を振りながら去って行った。 花緋と晋作は半ば呆然としながらも、嵐のように去って行った少年に小さく手を振り返して姿が見えなくなるのを見送った。 「お前、こんな所で一人で何やってたんだよ」 花緋の大小の刀を拾い上げながら晋作は問う。 花緋は晋作から刀を受け取り腰に戻しながら答えた。 「葵屋っていう呉服屋さんに用があって探してたんだけど…なかなか見つからなくてウロウロしてたら…」 騒動に遭遇してしまった。 苦笑しながら花緋は少年が連れて行かれた方へと目をやった。 そんな花緋に晋作はため息をつきながら頭に手をおく。 「…葵屋はこの通りじゃねぇ。 川の向こう側、縄手通りだ」 「へ!?じ、じゃあここは…」 「ここは木屋通りだ馬鹿」 「…どうりで…見つからない筈だよね…ハハ」 花緋は呆れ顔の晋作に乾いた笑いを零し、自分の間抜けさを心底呪ったのだった。 「…―そっか…。あれは稔麿がやったんだ…」 「ああ…上の奴に言われてな。 アイツの復讐心につけ込んで余計な命令までくだしやがって…!」 言いながら晋作は怒りに肩を震わせ手のひらに拳を叩き込んだ。 葵屋までの道案内をしてもらいながら花緋は例の浪士殺害の事を晋作から聞いた。 予想が当たってしまい、花緋は複雑な表情で俯き歩幅を弱めた。 しかし、やはり稔麿がやったにしても命令を下した人が他にいた―…それだけが少しだけ、救いだった。 そして同時に、稔麿にそんな事を強要した人物にこの上ない怒りを感じて拳を握り締める。 「これからは俺がもっとアイツに目を光らせておく。 もう…あんな事は二度とさせない。 だから―…そんな顔すんな」 気がつくと晋作の大きな手が頭に乗せられて、花緋は途端に心がほぐれていくのを感じ、コクリと小さく頷いてみせた。 そうやって晋作はどんどん自ら重荷を背負っていく。 稔麿の闇も、花緋の悲しみも、松陰の遺志も―…。 それはとても一人で抱えて生きるには重すぎるもので、いつか押しつぶされてしまうのではないかと花緋は心配そうな表情で晋作を見上げた。 .
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